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諦観 角膜提供に思う [家族]

栃木県那須町のスキー場で、雪崩に巻き込まれて死亡した高瀬淳生さん(16才)の角膜が、地元のアイバンクに提供されたそうです。

唯一無二、最愛の息子さんを喪う苦しみ。そして分身たる息子さん大切な身体を傷つけ、角膜を提供する苦しみ。この二重苦を乗り越えてのご家族のご決心は、どのように高い思いから下されたのでしょう。

先祖から子孫へ、受け継ぐことの大切さを、考えたいと思います。

報道

雪崩事故で犠牲、生徒の角膜を提供 母親「誰かの役に」

 栃木県那須町で高校生ら8人が死亡した雪崩事故で犠牲になった県立大田原高校1年生の高瀬淳生(あつき)さん(16)の角膜が、栃木県のアイバンクに提供された。母親の晶子さん(50)が心境を語った。

 事故の後、淳生は人工呼吸器をつけて冷たくなり、血圧も不安定で、もうだめだとわかっていましたが、ドクターに「心臓マッサージをやめないでください」と言いました。

 気がついたら、ドクターにすがって「何か臓器提供できますか」と言っていました。なぜ、その言葉が出たのかわかりません。淳生は16歳で世の中の役に立っていない。大人になって、何かに貢献したいと思っていたに違いない。ドクターから角膜が提供できると聞いて、お願いしました。

 ただ、義眼を入れるので顔が変わるかもしれないと言われ、淳生の顔のままでお別れしたいと思って「しない」と言ったら、大学生の兄(20)が「自分が淳生だったらしてほしいな」と言ったので、決めました。

 淳生は一つのことを突き詰めてやる性格で、凝り性。研究者なんてぴったりだね、そのために勉強しないといけないね、と話していました。なかなか就職できなくても、私は元気に何でも好きなことをしてほしいと願っていました。

 手術が終わっても、淳生は淳生のままの顔で変わらなかった。兄の言うことを聞いてよかった。淳生はそうしたかったに違いない。きっと誰かの役に立ちたかったのだろうと思います。(岡見理沙)

(朝日新聞デジタル 2017年04月02日 20時56分)

雪崩の救助隊員によると、助かった方は約2mの深さに埋まっていて、うめき声が外に漏れていた。掘り出すと赤い顔をしていて、眠ろうとするので頬を叩いて「眠るな!」と、大声で言った。

死亡された方々は、約4mの深さに埋まっていた。掘り出すと白い顔になっていた。

救助隊が現場に着いたのは、雪崩が起きて1時間後とされるので、高瀬さんお母さんが面会したのは、何時間後だったのでしょう。記事では

ドクターに「心臓マッサージをやめないでください」と言いました。とあります。突然の事故に動転しながらも、親の生きてほしいとの想いが、ヒシヒシと伝わります。しかしその後です。

気がついたら、ドクターにすがって「何か臓器提供できますか」と言っていました。なぜ、その言葉が出たのかわかりません。とあります。いったいこの間に、何が起きたのでしょう?

それは諦観というものではないか?と思います。私には、仏教用語や漢語としての深い意味は分かりません。それを前提に、お話しさせていただきます。

諦観

「諦」とは漢語では、心理・道理という意味だそうです。日本人にしては、「あきらめる」・「思いを断ち切る」という意味です。「観」とは「真理が観える」、そんな意味でしょう。

「あきらめる」には、二種類あると思います。一つは無念・執着の残る「あきらめる」。一つは、「返す返すも残念であるが、納得しました」という「あきらめる」です。こちらには執着が、最小限です。

高瀬さんのお母さんは、後者であって、これを諦観というと思います。高瀬淳生さんが亡くなったことは、事実である。しかし息子さんを、無くなったことにはしたくない。何か別の形で生かしたい。それが臓器提供への決心と思います。これからは息子さんの角膜を使って、別の人が世界を見ることができます。

感想

同じ世代の子を持つ親として、犠牲者の皆様のご冥福をお祈りいたします。また武道指導者として、危機管理責任の重さを、再認識しなければなりません。

自分という自我と肉体が、存在します。これらは、思考と行動の中心です。そして絶対的存在です。この分身が家族でしょう。ここまで考えて、ふと気づきました。そいう自分は、何者なのか?この自分の眼も、手足も全てが、両親や祖父母そして幾多の先祖から分けていただいたもの。自分は自分の思考と行動で生きているようでいて、実は過去の先祖によって敷かれたレールの上を走っている。絶対的存在と思っている自己は、視点を変えれば、小さな相対的存在にすぎなくなります。

私は職業武道家として、生きています。この職業の選択は、両親にとっては裏切り行為で、たいへん厳しい怒りを買いました。ここまでするのかといいたくなるような妨害を乗り越え、この道へ歩みました。

両親を納得させるための努力、当時は貴重な時間を無駄にするように、思わないではありませんでした。両親の価値観と私の価値観は、とても離れたもので、受け入れられるのはとても無理なこととも思っていました。そんな両親も、私が結婚し嫡男蓮太朗を授かったころから、緩やかに受け入れてくれました。

両親を亡くした今、二つのことを思います。一つは、両親を納得させるために費やした努力は、何の無駄にもならなかった。自分の人生の地固めともいえ、物心両面にわたっての豊かさを、今日にもたらしてくれています。一つは、両親とは隔絶した価値観と思っていたことが、自分の思考・行動様式を省みると、両親と似たものであることです。自分は、両親を通して先祖の成り代わりとして、生きている部分が多いかもしれません。このような感覚は、頑張ってきた私が、両親を喪って得た諦観ともいえます。できれば、もっと早く気付くべきでした。

青春真っ盛りの息子は、かつての私のように「あなたとは価値観が違うよ」と、何でも突っかかってきます。「どうぞお好きなように、但し自分が口にしたことは、遣り通してください」、それが私の言い分です。できれば将来、親の想いを、諦観というよりも早く、気づいてもらいたいものです。

そういえば息子は、臓器提供の同意書に自署して、運転免許証のホルダーに入れて携行しているとのことです。「これから何をしたいのか、どう生きたいのか、自分で決められる年齢になった」、そう言いたい気持ちが伝わってきます。息子に何か起きた時は?決められた希望に随うのは、やはり寂しい気がします。諦観という納得するプロセスを経ないと、執着が残るのではないでしょうか?


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