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東日本大震災から7年、断ち切られた命と未来 [地震・大震災・津波・原発]

今日、東日本大震災から7年目を迎えました。


あの日の震災と津波、その後の震災関連死により、2万2千柱を超える犠牲がありました。そしてその犠牲のご遺族にとって、街の復興のように、心は復興しません。
多くの命が断ち切られ、断ち切られた未来の世界を、私たちは生かされています。

あの日の午後2時46分と今日の午後2時46分を比べて、思ったことを述べます。

あの日の午後2時46分

私は、あの金曜日、足立区東京武道館の指導へ向かうため、NHKラジオ放送を聞きながら千葉市内を運転していました。国会中継か何かだったでしょうか?するとアナウンサーが「こちらはたいへん揺れています。皆さん気を付けてください!」のような大声を出しました。すると間をおいて、私の車が、グラグラッ!と揺れます。外を見ると、電柱や電線が、踊るように揺れていました。

しばらく車を止めたと思います。暗い気持ちになりながら、それでも足立区へ向かおうとしました。京葉道路(有料道路)は入場規制で、入ることができません。不安がさらに積もりました。とりあえず千葉市内の本部道場へ、進路を変えました。

その時、通信回線はパンクしていたそうですが、私のPHSは使えました。妻子の安否確認や、稽古を中止する旨のメールを発信していました。

しばらくして帰宅、津波被害を知ったのは、翌朝のニュースでした。


私は、稽古で生きている人間です。このような危難に際し、ある面、役立たずです。しかし、できることは稽古です。こんな非日常の中で、稽古に安息を求める人に、日常の稽古を提供する。ある面、稽古で役立つことはできます。かつて日常にあった、当たり前の稽古を提供し、「あっ!すっきりした!」と一服の清涼を与えることです。


ところが、できないのです。施設が壊れたり、都内へ東北から逃れた被災者の宿泊場所に、施設を利用していただくためです。日を追って、ポツリポツリと稽古場は再開されましたが、元のようにはいきません。毎日スケジュールに追われていた生活が、一転して暇でしょうがない。これには参りました。この時、道場組織と経営の大切さを、思い知りました。ほどなく、収益事業を手掛けることになりました。


今日の午後2時46分

私は、今日の日曜日、江東区北砂での稽古を終え、千葉県八千代市への稽古へ運転します。あの日と同じようにNHKニュースを聞きました。東北地方大震災を追悼する儀式の様子を、放送していました。被災各県の代表の方が、哀悼の誠を奉げるスピーチをなさっていました。皆さん、ご家族を喪った経験をお持ちです。突然断ち切られた喪失感の深さは、どれほどでしょう。私も自然に、震災後の数年間に亡くした両親のことを思いました。


犠牲者の方々は、突然、未来を断ち切られた。この無念を救うのは、私たちが国と先祖を思いつつ、悠然とこの時代を生き抜くことです。震災と津波、原発被害。これは広島方原子爆弾を、いったい何十発落とせば、これほどになるでしょうか?これほどの被害を出しながらも、天皇皇后両陛下・世界中の方々・日本国内の支援を得て、立ち直りつつあります。断ち切られた未来は、衣を縫い合わせらが如くに、姿と役を回復しつつあります。


我が家でも、あの泣き虫だった息子が、今春、大学を卒業して社会人になります。命を引き継ぐ者によって、断ち切られた未来は、継承された未来へなることでしょう。


写真は亡き父の自転車に乗せられた、幼い日の息子です。


爺ちゃん自転車.jpg








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