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遠山の目付と遠慮 [合気道 練習]

目付の大事 

なぜ、目付が大事なのでしょう。

それは護身として「狭義の武道」のみならず、護心・護国として家庭や国を護る「広義の武道」に通じるからだと思います。ここでは、遠山の目付と遠慮について考えます

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合気修錬に通じる野球の話 [合気道 練習]

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惟神の道(かんながらのみち)と稽古 [合気道 練習]

惟神の道

合気道は、惟神の道(かんながらのみち)として、稽古したいものです。

思想として「神の意志のままに神と共にある」ことは、高い理想です。日々の稽古の身体使いとして惟神の道は、どのように理解し、実践したらよいでしょう。

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タグ:随神 惟神
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稽古の成果は、三本の矢 [合気道 練習]

ずっと続ける

途中でやめたら意味がない

奥深い道だから

詩文のような美しい言葉を語ってくれたのは、6年生のK子さん、稽古歴三年、11月21日のことです。

K子さんの変化から、稽古の在り方を考えます。青少年の稽古の成果は、三本の矢が必要と考えます。

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合気道とは 循環と中心軸 [合気道 練習]

O君の場合

O君は、お兄さんが稽古していた関係で参加し始めたのは、小学一年生入学の時です。

合気道の稽古は、「武技の修錬」と「人間形成の道」です。お子さんにとっては、遊びの延長でスタートしますが、難しい技や話は分かりません。O君も、すぐに合気道を辞めたくなってしまいました。私も「辞めたいよー!辞めたいよー!」のO君の表情を見ると、寂しく感じたものです。

しかし今は違います。写真が、三年生となった今のO君です。この日、お兄さんが風邪で休むのに、一番に一人で来て稽古開始を待っています。10月31日のことです。彼を変えさせたものは、何でしょうか?

IMG_20151031_092144-1.jpg

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タグ: 循環
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心意気と「三つの先」 [合気道 練習]

心意気(こころいき)とは、今日、「物事に積極的に取り組もうとする気構え。意気込み。」として使われます。これは武道から現代人の会話に引き継がれた言葉の一つと、考えます。

石川智広です。八王子で。
7月6日 八王子を訪問しました。稽古開始時に木野田さんが撮影しました。木野田さんは、今日の話題の主人公です。先月、初段になったばかりです。
木野田
初めて黒帯を締めた木野田さんは、うれしそう! 
楽心館の稽古では、以下の構成です。
30分 鍛錬動作・座り技
30分 剣術基本・技
30分 体術
小手の合気 八王子
小手の合気 八王子
八王子 合気道 一般

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タグ:心意気
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手抜き とは 居合と現代的意味 [合気道 練習]

手抜きとは、昔も今も、踏むべき手順を省略して、行うべき事を行わないことです。

居合での使い方も、ほぼ同じですが?

 

中将さんは、居合をはじめて約半年経過。抜き付けが、「手抜き」だとしても、仕方ない時期です。昨日はからかい半分で、こんな会話がありました。

 

 

DSC02738.JPG

 

 

私:「中将さん、抜き付けが、手抜きになっていますよ?

   仕事でも、手抜きしてんだろうから、仕方ないよね?」

 

中将さん:「(笑い) ハイそうです。そういう意味なんですよね。(基本をすっぽかしていました)」

 

もちろん信頼関係の中で通じる、明るい談笑です。

 

抜きつけの「手抜き」の正反対は何か?というと。

「右手を使わずに、左半身と足腰で抜く」とでも、言えましょう。

中将さんはこの基本をすっぽかし、右手で処理している瞬間に、この談笑となったのでした。

 

 

居合

 

 

今日の話は、居合腰・撞木足・一文字腰、三つの足構えの残っている古流を学ばせていただいている方々なら、通じる話だと思います。

写真は、カルガリーでの指導風景です。


タグ:手抜き
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正座 [合気道 練習]

楽心館子供クラスの様子です。教室によって

 

1、時間ぎりぎりまで、遊んでいるところ。

2、稽古開始まで自主的に、受け身・膝行などを行っているところ。

3、正座して、待っているところ。

いろいろです。 今日は三番目の話です。

 

10分前には、来た子達が正座していました。私は、

「まだ時間があるから、楽にしていて良いよ」。

そう言ったまま保護者様と話し込んでいました。稽古開始5分前に振り返ると、

さっきの子供達は正座したまま、後から来た子達も、並んで正座していました。

「おいおい、こっちが楽に出来ないじゃないか?」と、私はぼやきました。

 

そして保護者様は、言いました。

「家に居る時も、坐る時は、普通に正座していますよ。うちの子は」と。

 

軸を立てて、重心をきめて正座することが、気持ち良いいこと。

これを覚えてしまうと、普通に正座しますね。

私は最近、膝が痛いので、崩すことが多いけど。

正座は気持ち良いです。


タグ:正座
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型と技 [合気道 練習]

初対面の方を、本部道場で審査させていただく機会がありました。その時の感想を、彼に話しました。所属長の元に、指導を受けてきたからです。

 

「そこまで習得するのは、たいへんだったでしょう?まして今、初めて来た場所で、初めて会う人たちの前での審査は、お疲れさまでした。

今日あらためて認識しておくべきことは、型と技は同じことをしていながらも、別物であるということ。

型を入口として、技化するために、型稽古をすること。

技化するためには、緩急を崩さずに呼吸あるいは拍子を、入れていくこと。

そのためには、何を見るか、が大切です。

もう一度、手順を見ることは差し置いて、足構え・体軸の使い方・重心の位置と変化、などを見直してください。

新しい発見と工夫が、あるはずです。そしてそれは、型より入って型より出でる、でもあります」。


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合気道とは?夫婦和合にも似た? [合気道 練習]

楽心館本部道場は、修理を重ねながら、もうすぐ築40年。この度、シロアリで傷んだ床下を修繕しました。写真手前のスペースがそれです。

 

 

床工事終了 130328
 
 
 
これでフカフカ揺れていた床が、がっちり決まりました。これで心機一転、楽心館も安心して、平成25年度を迎えられます。
そう思っているのは、おそらく、私だけ。
世間の皆さんには、ただのボロ道場、昔風に言えば「浦の苫屋」です。
私にはそれでもありがたい、自分の分際に似合った場所です。
 

 

見わたせば 花も紅葉(もみじ)も なかりけり
 

浦の苫屋(とまや)の 秋の夕暮



  出典 : 新古今和歌集  作者 : 藤原定家

 

この道場へ通う皆さんには、ぜひこの歌を暗誦してください。

夜の稽古へ通う時は、さぞや奥さんの機嫌が悪いでしょう?

 

「(この一家団欒の時に、抜け出して) 

いつまでそんなこと続けるのよ!早く辞めちゃいなさいよ!」

そんな風に言われたら

 

「見わたせば 花も紅葉(もみじ)も なかりけり 浦の苫屋(とまや)の 秋の夕暮。

あの道場は、さながら、海辺の苫葺(とまぶ)きの粗末な小屋が建っているだけの秋の夕暮れの情趣。

しかし、胸に染みてくるこの思いは、何なのだろう。

あの力抜きの崩しを、どうしてもできるようになりたいの?

僕!お願いだから、行かせて!」

そう言って、奥さんを振り切ってください!

 

 

そして道場へ来たら、

持ち上げ癖を消して、半身を結ぶ線の内側を入れ!

 

矢筈取り

 

「先生!わかりません!片手取りは、持ち上げたくなっちゃいます!」

 

交点へ直線に等速運動

 

切り結ぶ

 

「先生、わかりません!剣術は、交点がずれちゃいます。合気になりません!」

 

捻り癖を消して、詰めると抜くを、緩んだ瞬間に

 

小手返し

 

 

 「先生、わかりません!どうしても、小手返しは、捻っちゃいます。合気になりません!」

 

 

三角作って、 詰めると抜くを、緩んだ瞬間に

 

合気下げ
 

 「先生、わかりません!合気下げは、体重かけちゃいいます。合気になりません!」

 
 
二教は、叩き癖消して、詰めると抜くを、緩んだ瞬間に
 
 
二教

 

「先生、わかりません!二教は叩いちゃいます。合気になりません!相手が痛い!って叫んでます」

 

残念でした!

家に帰ったら、詰めると抜くを?付かず離れず?夫婦和合に努めてください!

合気は夫婦和合にも似たものよ。

また来週、浦の苫屋へ、来たれ!


タグ:浦の苫屋
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手足二八の理:上体に力感のない身体使い [合気道 練習]

  • aikijpaikijp 受けで技の成否が決まる気がする。
    受けた瞬間と受けた後の対応と分かれるが、例えば受け流し。
    受けた後、相手の剣を退かそうと無用な力を加えると、その分方向がずれて、中心を奪われる。ずれた方向を修正する余分な手間に付け込まれる。 http://t.co/9LIK4q5xAJ
    03/03 23:48

 

「力を使わない技」と「力感のない技」

人は「力を使わない技」と、言うことがある。しかし、これは正確な表現ではないと思います。

武の技であるかには、力を発し、伝わり、作用し。このプロセスは必ずあると思います。この時、二つの方法があります。

一つは、上体の力みのままに行う場合。

一つは、上体に力感のないままに行う技。

ですから人が「力を使わない技」と言う時、正確には「上体に力感のない技」を意味していると思います。

その時説明に使うのが、手足二八の理。

上体で出していた力を、体軸と足構えに転換します。


武道とは:やわら・柔・和 [合気道 練習]

なぜ日本武術は、「やわら」と呼ばれ、「柔」とも「和」とも表現されるのだろう。「和」に至っては、合気道を学ぶ者にとっては「和合」にも通じ、理想の境地でもあります。考える価値は、あります。

 「やわら」とは、

「静かに。そっと。徐々に。やおら」。

を意味します。それは当然のこと。

武術なら、「最小消費エネルギー、最小動作、最短運動で、最大の仕事量」を求めます。

それを達成するには、

相手が反応できない動きをすること。

だから

「静かに。そっと。徐々に。やおら」、なのです。言葉を変えれば、「等速直線運動」。(参考: 合気道にみるニュートン力学とその延長線上にある海と空の事故原因に関する考察 http://aiki.jp/honbu/egakusyu/news/umisora.html

人間の赤ちゃんが、スッーと伸ばす手。カタツムリが直線に、ニューと伸ばす目(つの?)。あんな感じです。

これが怖いんです。正面からスッー、ニューと入られると、反応できない。

そこに、柔もあれば和もある。対立や力みの反対概念です。

どうしたらそれが、できるのか?

素振りの「素」や、案山子の「枯れた立ち姿勢」に、学んでくださーい!

武術・武道とは、技、受け身、礼や間合い、めつけを体得して、日本文化の神髄を身体で理解し、人格の完成を目指す道です。奥を楽しめるまでが、ながーい道です。

心楽氣和!


タグ:武道
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天地人とは [合気道 練習]

天地人とは、思想的なことは横に置いて、身体使いとして考えます。

心の中心であり、身体の中心である体中線(正中線)に、天地人に貫くように気を通す。そしてこれは上下前後左右に、ぶれない線とした時。

手足にロスなく、力を伝えることができます。

こうした目的意識を持った諸動作を、養氣錬丹と、いうことができます。

この観点に立脚すると、「剣法も柔法」も「身体使いと技の懸かり」が一致するので、これを「剣柔一体」と称します。


タグ:天地人
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「舞う」と「踊る」の差をつぶやく [合気道 練習]

「舞う」とは、能や神楽を舞う、桜の花が舞う、そのような特殊な舞台設定された場での動作を表現する。

「踊る」とは、念仏踊りや盆踊りとして使われる。リズムに合わせた跳躍運動を主とした動作を表現する。

明治以前は、「舞う」と「踊る」を明確に区別して使い、舞が専門的技能を有する少数で演じられるのに対し、踊りは素人が群れをなす場合が多く、場も特殊な舞台等は必要としないという特徴がある。

ここで話は「武」に、転じる。

ある人の技をみて、「技が舞のようだ」と賞する場合がある。かたや、「技が踊りのようだ」と証する場合がある。

もちろん前者は、ある人の技を、高く評価している。後者は、ある人の技を、貶しているのである。

この場合の基準は、何であろうか?もちろん舞踊に当てはめて、舞に近いか踊に近いかを、言っているのではない。古来、武の想定場面がどこであるかを、考えなければならない。

屋外での戦いは安く、屋内での戦いは難し。

本能寺の変、寺田屋の変、吉良邸への討ち入り。城攻めはもちろんのこと、著名な戦いは屋内であることが多い。天井・鴨居・壁に囲まれて、狭い屋内で武具をどれだけ扱えるか、それが大問題であった。

屋内を想定した武術的訓練が、重要だった。

それゆえに居合腰に代表される、日本伝来の足構えと、体軸と、刀と。一致の身体使いが修錬されたのである。今日、居合道として残っているものが、その由来である。狭い空間の中で、コンパクトに身体を使い得物を使いこなす中に、技と錬りと美しさがある。

「技が舞のようだ」と賞する場合は、膝と腰と胸の柔らかさ。腰の落とし方、軸の立ち方が成り立っているということだ。

「技が踊りのようだ」と言えば、軸がぶれている、脇が空いている、飛び跳ねていることである。ようするに、最悪ということだ。

合気道は、会津藩城内の護身術である「御式打ち」に由来する。合気道は独自のものでそんなものと関係ない、と主張される方々もある。

前者に立てば、合気道は舞うがごとくで、なければならないと思う。


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心意気とは [合気道 練習]

「心意気」とか「意気」とは、現代用語としても

「事をやりとげようとする積極的な気持ち。気概。いきごみ。」として使われることが多い。

そして武道の世界でも良く使われる言葉だが、別の使い方がされる。目付け心眼・武術的錬りを深めようと思うならば、深く掘り下げなければならない。

「目付けの大事」や「心が身体を動かす」とは、誰でも語ること。では「心眼とは何か」とか「初動の無い動きとは何か」と少し掘り下げるだけで、平明な説明は難しい。

そこで「意気」が必要になってくる。

心と身体を繋ぐものが、「意気」である。だから動作は、一瞬の中に「心意気体」(しんいきたい)の流れが、凝縮されたものである。

「目付け心眼」とは、意気をみることである。これを「意気を感じる」というべきものだが、今日の意味とは違う。肉眼とは、それに遅れて体に感応することである。意気をみることが出来れば、先先の先・先・後の先、自在であろう。

「初動の無い動きとは何か」、「心意気体」(しんいきたい)の流れを限りなく省いて、「心即体」・「体即心」と一体一致の境地に至ったものである。ここに至ればぶつかることは無く、和合であり合気であり、なんと言っても良い。だからゆっくりだけど、速い動きができるのだ。

いったいどうしたら、それが出来るのか。私はボンクラだから、氣・丹田・体軸・足構えの修錬を重ねることしか知らない。

「心意気」(しんいき)が「神域」に通じ、「意気」が「息」に通じるのか、単なる言葉遊びなのか、私はトンマだから、まだ語るに至らず。


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松と柳、枝、雪折れせず [合気道 練習]

  昨日は都心が大雪で、今朝は交通混乱が、報道されていた。古の人が聞いたら、どう思うか。きっと「松と柳、枝、雪折れせず」とでも、つぶやくのでは。

   武の世界では、松と柳を例に、神妙な世界を語ることが多い。海岸に植えられる松、土手に植えられる柳は、風雪に耐えるからだ。

  松の枝は、風雪を払い上げるようにして、耐える。柳の枝は、風雪を受け流して、耐える。両者の枝は趣は異なっても、幹と根の働きがしっかりしていることにおいて、同じでもある。

  松の理を一刀流が好み、柳の理を柳生流が好むか。一刀流は相討ち「先の理」を好み、柳生流は受け流し「後の先の理」を好むか。

   武は一つ、枝が払おうが受け流そうが幹と根の大切さは同じで一つ、先の理なくして後の先なくて剣の理は一つ。

  ここにいう幹は、中心・丹田。ここにいう根は、足構え。ここにいう枝は、剣であり技のこと。

  大地からの反発力を、足構えで受け止めて、丹田を通して、相手へ流す直線の波が氣である。「歩けば合気」・「合気に形なし」とは、よく言ったものだ。ただし相手との型・自分の型が出来ていればのことだが。

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氣と呼吸 [合気道 練習]

  案山子のように、真っ直ぐに立つことの大切さを、考えます。武にいう立つとは、ただ立っていることでは、ないかもしれません。武という場で、立つことが出来ているか?軸が天地人に通っていることの利益は、何でしょうか?

1、軸がぶれないことによって、こちらの気配を消すことが出来る。

2、軸が立ってることによって、縦軸直線運動が出来る。このことによる利益はさらに。

 A、相手の目標に対して、最速最短直線運動が出来る。

 B、自分の体軸を一辺とした三角の原理によって、最小面積最強効果を発することが出来る。

  ここで難しいのは、1から2への移行が一挙動なのか、二挙動なのか。もちろん前者でなければなりません。ここに武における「氣」や「呼吸」の追及が生じます。 もちろん観念的修養ではないので、「一氣」・「一呼吸」とは何かという、武術的訓練から入ります。1から2への移行が、一挙動に完結していることを、「初動を消す」ともいいます。

  それは剣術では、素振りの稽古から入ります。体術では、 当身や手解きの稽古から入ります。これがそのことの初歩の目的です。合気の力抜きの崩しの術が使えるのは、さらに別の精進が必要です。

  ところが、このことの重要さが理解されていなかったり、ある何かが稽古に伝承されていないために、徹頭徹尾間違ったことをやりがちです。様式だけ真似たところで、合気のない合気道になりかねません。様式が合気道でも、捻り技をやっているようでは、似て非なるものです。

  ここに古来、「三年稽古するように、三年かけて師匠を探せ」とか、「正師を得ざれば学ばざるに如かず」といわれてきたことの意味を、垣間見る思いがします。しっかり、自戒とします。


タグ: 呼吸 初動
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武の指導者とは 真っ直ぐに立つ  [合気道 練習]

  今日は、真っ直ぐに立つことの大切さを、考えます。これは案山子(かかし)の境地として、語られることでもあります。これを別角度で説明しようとすると、中国の木鶏(もっけい)が、参考になります。

  木鶏(もっけい)とは、荘子(達生篇)に収められている故事に由来する言葉で、木彫りの鶏のように全く動じない闘鶏における最強の状態をさします。紀悄子という鶏を育てる名人が登場し、王からの下問に答える形式で最強の鶏について説明します。

 

「紀悄子に鶏を預けた王は、10日ほど経過した時点で仕上がり具合について下問する。すると紀悄子は、 『まだ空威張りして闘争心があるからいけません』 と答える。

更に10日ほど経過して再度王が下問すると 『まだいけません。他の闘鶏の声や姿を見ただけでいきり立ってしまいます』  と答える。

更に10日経過したが、 『目を怒らせて己の強さを誇示しているから話になりません』 と答える。

さらに10日経過して王が下問すると 『もう良いでしょう。他の闘鶏が鳴いても、全く相手にしません。まるで木鶏のように泰然自若としています。その徳の前に、かなう闘鶏はいないでしょう』 と答えた。」

上記の故事で荘子は道に則した人物の隠喩として木鶏を描いており、真人(道を体得した人物)は他者に惑わされること無く、鎮座しているだけで衆人の範となるとしています。

 

  この木鶏のたとえをキリスト教で言い換えると、「口伝・行伝・座伝」でいう座伝の境地と同じだと思います。最初は言葉で人を導く段階。次は実践を通して、導く段階。最高の境地は、指導者が座っているだけで、教えが伝わる段階があるといいます。これはやや順番が違いますが、武道でいう指南役と同じ意味です。

  指南の語源は、中国の「古代中国の方向を指し示す車の下略で、人に方向や進路を迷わないように指し示すこと」とされます。武道でいう指南役とは、次のようになります。

  武道の神様は北に鎮座します。北極星や北斗七星信仰がその背景です。戦において大切なのが、迅速な行軍や相手との位置関係を知ること。その基準が、北を指し示す北極星や北斗七星です。こうして国を護る神は北に鎮座しますので、武道場にかぎらず北側に神棚を設けます。道場の指導者は神棚を背に、稽古人を向きますので、南向きです。こうした場に立つ人のことを、指南役といいます。

  上杉鷹山公は、「してみせて、言って聞かせて、させてみて、誉めてやらねば人は動かじ」と申しました。それは武道場の指導においても同じこと。第一段階は、指南役がやって見せる。次の境地は、いちいちやって見せずとも、少し助言すれば相手に伝わる段階。最高の境地は、指南役が南に向かって立ってるだけで、稽古人たちが自然と理を悟って、技が正しく行われるのみならず、人間として正されて行く。これが指南役の最高の意味であると、考えます。


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足裏 底丹田の話 [合気道 練習]

真っ直ぐに立つ。

引力は私の身体を、地球の中心へ、引き込んで行く。

ところがありがたいことに、床が足裏を支えて、引き込まれて行く身体を支えてくれている。

その反発力を、足裏で感じる・臍下丹田で感じる・体軸へ伝える・相手へ伝える。

波状の力、氣で伝える。

 今日は、足裏 低丹田の話でした。


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Twitterまとめ投稿 2010/12/14 [合気道 練習]

  • aikijpaikijpこんばんわーゴホッ!ゴッホ!がひどくなり、結局、医者へ行きました。「水分たくさん取ってくださいーィ」と医師が仰せになったので、風呂出てビールいただいていまーす。おやすみなさい。貴殿もお大事に。@ama1 ^昨日から阿蘇の山奥の温泉へ行っていた
  • aikijpaikijp合気と掛けてオシドリ夫婦と説く。その心は「接点を感じさせずに、しっかり繋がっている」。

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