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合気道の学び方 [武道:東京都小平市津田鷹の台合気道小平市民体育館]

「時には道を離れて、森の中に入った方がいい」。

江崎玲於奈博士(1973年ノーベル物理学賞受賞者)が米国IBM T.J.Watson研究所(1960年代)にいたころ、上司から言われた言葉だったと記憶している。「時には専門分野を離れて、他の視点から構成しなおすのも大切である」という意味か?「心魂を傾けて仕事ばかりしないで、時には心身を癒すことも大切だ」という意味か?今日は前者の意味と思って、考えてみたい。

この言葉を思い出しながら撮影したのが、この写真。小平市鷹の台駅を降り、市民体育館へ向かう途上のこと。私は横路にそれてみた。そこにこんな散策路が続いていることを、今日(6月18日)、初めて知った。私はここへ、通算20年近く通おうとしているのに。高画質887.jpg

知らないことにさえ気付かないでいる自分。そのことを考えてしまった。その驚きが私のシャッター音、そのものであった。

合気(合気道)を学ぶことにおいて、道を離れて森の中に入った経験。私は多く道をそれてきた。いや、進んで横路へ入った。さらに言えば、したり顔に真っ直ぐ道を行く振りをするより、分からないから横道へ入る方が理にかなっていると考える方だった。それが今、どうだろう。

型だけの稽古もした。ひたすら捻りと力の稽古もした。植芝先生の講話も精読した。天才であれば、それで何か見つけられたかも知れない

それが凡才の私には、武と合氣、合氣の語源が小野派一刀流剣術であることと合気道が、どうにも繋がらなかった。もちろんそれは繋がらなくて良いという御説もあるだろうが、私の場合それは論外となる。

横道にそれたとする。それた先がそのまま関連性がなければ、それまでのこと。それた先が、理合と身体使いにおいて繋がれば、道の上を行くも森の中を行くも、同じ「行く」となる。空手家の金澤 弘和(かなざわ ひろかず)師範は、ご自身を「狭く深く掘るのではなく、広く深く掘る」と表現されていた。自分がどうだかは、「ミネルブァの梟が夕暮れを待って飛び立つ」の喩えのようにありたい。

私の道を横にそれた先が、無限神刀流居合術と会津伝小野派一刀流剣術、大東流山本角義派であることは幸いであった。師との奇縁と恩の深さを、改めて感じる。

(小野派一刀流剣術・無限神刀流居合術の定義:http://www.aiki.jp/nagao/mugensintoryu.html

稽古写真:http://www.aiki.jp/nagao/picture.html

多くの方々が「剣の理合で」と仰せになる。それをもっと説明すると、どう言うべきか?無駄を削ぎ落とした心と身体使い。等速度直線運動と接点感覚の物理ではなかろうか。これで構成しなおせば、型が形に進化する。
これとともに生き方の虚飾を削ぎ落とした純真無垢さに繋げられれば、術が道に通じるのではないかと思っている。

今、私は森の中を行く。ここは保存と活用の世界。術が道に通じれば創造の世界、森を抜けたとも言えるかもしれない。

またいつか気が向いたら、この写真の階段の先に歩み出したいと思う。きっとその先も、森だろう。心楽氣和。高画質886.jpg

この道や 行く人なしに 秋の暮  芭蕉

このみちや いくたりゆきし われはけふゆく 山頭火

このみちを われはゆくなり もりぬけて 一楽斎

合気道楽心館:http://aiki.jp/
動画ブログ:http://blog.goo.ne.jp/ichirakusai3?
問合せメール:
ichirakusai3@mail.goo.ne.jp


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コメント 2

でこママ

写真の散策路、歩いてみたいですね。
このような場所が身近にある生活が羨ましいです。
このアングル、小道の先が気になります。
「お弁当ひろげて食べられるかな?」とか・・・。
(*^-^*)

by でこママ (2008-06-19 12:37) 

一楽斎

でこママさん
おなかが減っている時に、ここを見たんだね。
「お弁当ひろげて食べられるかな?」とか・・・。

それとも意図的に外しているとなると、すごい才能だね。
でこママさんは!
驚きです。

by 一楽斎 (2008-06-22 22:27) 

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