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「舞う」と「踊る」の差をつぶやく [合気道 練習]

「舞う」とは、能や神楽を舞う、桜の花が舞う、そのような特殊な舞台設定された場での動作を表現する。

「踊る」とは、念仏踊りや盆踊りとして使われる。リズムに合わせた跳躍運動を主とした動作を表現する。

明治以前は、「舞う」と「踊る」を明確に区別して使い、舞が専門的技能を有する少数で演じられるのに対し、踊りは素人が群れをなす場合が多く、場も特殊な舞台等は必要としないという特徴がある。

ここで話は「武」に、転じる。

ある人の技をみて、「技が舞のようだ」と賞する場合がある。かたや、「技が踊りのようだ」と証する場合がある。

もちろん前者は、ある人の技を、高く評価している。後者は、ある人の技を、貶しているのである。

この場合の基準は、何であろうか?もちろん舞踊に当てはめて、舞に近いか踊に近いかを、言っているのではない。古来、武の想定場面がどこであるかを、考えなければならない。

屋外での戦いは安く、屋内での戦いは難し。

本能寺の変、寺田屋の変、吉良邸への討ち入り。城攻めはもちろんのこと、著名な戦いは屋内であることが多い。天井・鴨居・壁に囲まれて、狭い屋内で武具をどれだけ扱えるか、それが大問題であった。

屋内を想定した武術的訓練が、重要だった。

それゆえに居合腰に代表される、日本伝来の足構えと、体軸と、刀と。一致の身体使いが修錬されたのである。今日、居合道として残っているものが、その由来である。狭い空間の中で、コンパクトに身体を使い得物を使いこなす中に、技と錬りと美しさがある。

「技が舞のようだ」と賞する場合は、膝と腰と胸の柔らかさ。腰の落とし方、軸の立ち方が成り立っているということだ。

「技が踊りのようだ」と言えば、軸がぶれている、脇が空いている、飛び跳ねていることである。ようするに、最悪ということだ。

合気道は、会津藩城内の護身術である「御式打ち」に由来する。合気道は独自のものでそんなものと関係ない、と主張される方々もある。

前者に立てば、合気道は舞うがごとくで、なければならないと思う。


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